あなたを抱きしめる日まで
PHILOMENA 2013年仏・英作品
監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:ジュディ・デンチ(フィロミナ役)、スティーヴ・クーガン(マーティン・シックススミス役)、ソフィ・ケネディ・クラーク(若き日のフィロミナ役)、アンナ・マックスウェル・マーティン(ジェーン役)、ミシェル・フェアリー(サリー・ミッチェル役)、バーバラ・ジェフォード(シスター・ヒルデガード役)
原作:マーティン・シックススミス『あなたを抱きしめる日まで』(集英社刊)
邦題から想像していた内容とは違う展開のストーリーだったせいか、第一印象とはギャップを感じる映画。近年、原題をそのままカタカナ読みで邦題にしたものか、おかしな邦題(内容と合っていないという意味で)の作品が多いように思うのだが、そのひとつの作品となってしまったかな。ある意味、題名なんてどうでもいいとも言える一方で、観る人の多くはタイトルから内容を判断して作品選びをするのも事実だとすると、やはりタイトルは重要でもある。
私なんて出演者で観る作品を選んでいるとも言えるので(ほとんど好きな俳優の作品が基準でもある)、大ハズレの時もあるし、大当たりの時もあり、さまざま。タイトルで観る映画を決めることはあまりないのだが、それでもこの作品は日本語のこの題名よりも「フィロミナ」とヒロインの名前をそのまま使った方が良かったのでは? とちょっと感じてしまった。
2014年3月の公開映画として、サイトのトップページで紹介したが、その時はフィロミナと息子のアンソニーは再会できると私は思っていたのだが(原作は読んでいないので結末は知らなかった)、実はアンソニーは既に死んでいて、フィロミナは息子には会えなかった。アメリカ人に引き取られ、共和党の法律顧問にまでなった息子はおそらく充実した生活を送っていたのだろうと想像できるが、反面、彼はゲイであることを隠して仕事をし(恋人もいた)、実の母親捜しもし、最後は患っていたエイズで亡くなる。そして墓はあの修道院にあった。息子の人生を知り、フィロミナの心を満たすものは何であろうか?
この作品は単純なように見えて非常に複雑な話だ。生き別れになった息子を捜す女性の話というと感動で締めくくられるストーリーのようにも見えるが、一方でその経緯は「宗教」を背景にして正道を説きながらの非人道、無償の愛や行い、祈りを日々捧げる反面の営利追求といった修道院の矛盾、隠蔽が表裏一体となって描かれている。
フィロミナは未婚のまま子供を産んだことで恋人と引き離され、奉仕活動と言う名の労働を修道院で課せられて、最後には子供も奪われる。その後、家庭を持ち、娘も生まれ今は幸せな高齢者となっているように見えるが、彼女を苦しめてきた別れた息子(別れさせられた息子)の安否、その過去を周囲に隠し続けてきたという事実をこのまま秘密にしておくことは出来ないと、この息子捜しの旅を始めることにした。
手伝うジャーナリストは、再起を狙う今や落ち目のエリート記者マーティン。無神論者でインテリの彼はフィロミナとは対照的。調べるうちに、そして事実を知るにつけ、アイルランドの修道院での非道な行いにマーティンは憤りを感じ、「このままじゃいけない」と思うジャーナリスト魂に火がついてしまう。だがフィロミナは違う。観ている側は、おそらくマーティンに共感してしまうのではないかと思う。きっとそれが自然な感情。
では、母親の立場ではどうか。フィロミナに共感する部分は大いにあっても最後に修道院や修道女達を「赦す」と彼女のように毅然とした態度で言えるだろうか? 敬虔な信者と言っても子供を人身売買していたのと同様の修道院の行為、それが我が身に起こったことだとしたら、赦せるのか?
当時の修道院や宗教の事実を描きつつ、その行為を告発するというよりもフィロミナの赦す姿を印象づけることでこの作品のラストの清々しさが残るのだろう。修道院のやり方には誰もが怒りを感じる。だが、敬虔な信者であり続けたフィロミナの姿には、「宗教」というものの持つ光の面の力強さも見えてくる。相反するものは同時に、そして常に存在する、どんなところにも、どんなものにも、とそんなふうに思えてくるのだ。人生のラストステージに近づいて、修道院や修道女たちを赦したフィロミナは自分自身もきっと赦すことが出来たはず。
このフィロミナを演じたのはジュディ・デンチ。さすが、とうならせる。近年では007での上司M役が印象深いが、全く正反対とも言えるフィロミナ。とは言え、彼女の演じる役に共通するのは意志の強さかなあ、なんて今回は思ってしまった。このサイトのトップページでも紹介した「マリー・ゴールドホテル~」をますます早く観たいなあ~。
マーティンを演じたスティーヴ・クーガンって、どこかで観たけどどの作品だっけ? と調べたら、「ナイト・ミュージアム」のオクタヴィウス役! これもまた全然違う役どころで意外な印象が‥‥。「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」にも出ているとのことで、コメディからシリアスまで幅広くこなす俳優であることは間違いなさそう。
冒頭で述べた通り、予想とは違う内容ではあったが、作品全体の雰囲気を悲しみだけで終わらせてない重くなりすぎずに終わったラストがよかった作品。(2016/4/28)
この作品は、2014年3月公開のチェック映画としてピックアップしました。